バドミントン初心者なら知っておいて!バドミントンの歴史とは?

バドミントン競技を始めるに当たり、
バドミントンがどこのスポーツか気になりませんか?

 

バドミントンを国技としている国は、
インドネシア、マレーシアです。

 

だったらインドネシアかマレーシアが、
発祥国だと思いますよね?
じつは違うんです!

 

バドミントンの歴史を調べたところで上手くはなりませんが、
知っておいて損はないバドミントンの歴史に触れてみたいと思います。

【バドミントン】と名付けられた経緯

 

バドミントンの起源は諸説ありますが、
1820年代のインドのゲームが原型となっています。

 

インドのプーナという地域に、
プーナという皮でできた球をネット越しにラケットで打ち合う遊びがありました。

 

インドは当時、イギリスの植民地であり、
そのプーナという遊びを1873年にイギリスに持ち帰った兵士がいました。

 

その兵士はプーナの球の代用品として、
シャンパンのコルクに鳥の羽をさし、
それをテニスのラケットで打ったのです。

 

イギリス人の兵士がプーナを紹介した場所こそ、
イギリスのグロスターシアにある、バドミントン荘という邸宅でした。

 

そこから「バドミントン」という名前が名づけれたと伝えられています。

諸説あり?バドミントンの発祥地

 

先程、説明した説が濃厚と言われていますが、
1870年代には非常にはっきりとした、
バドミントンのルールが存在していたため、
この説も正しいものかは不明です。

 

さらに、イギリスにはバドルドアアンドシャトルコックという、
シャトルに似た球を打ち合う遊びが、
プーナの伝来よりも前に伝わっており、
これがバドミントンの期限であるという説もあります。

 

実際、初期のバドミントンは、
バドミントン・バドルドアという名称があります。
ただそれも1860年代、70年代の話であり、
その時代に生まれたことは正しいというのが現在の見方になっています。

正式にルール化【バドミントン】競技の誕生

 

そして、1983年にはイギリスにバドミントン協会が誕生し、
公式ルールが生まれました。
プレー人数、コートの広さ、
得点などは各々が好きに決めていましたが、
協会が発足してついに公式ルールが決まりました。

 

徐々にそのルールが普及していき、
バドミントンそのものもイギリス中で広まり始めました。

 

初期のバドミントンは、
バックパウンダリーラインからネットに向けて、
狭くなっているという独特の形でしたが、
この形はバドミントン荘の形がそうだったから、
という説があります。

 

1899年に、
ようやく第1回全英選手権が開催され、
本格的に競技になっていきました。

 

さらに

  • 1921年にカナダ
  • 1930年にデンマーク、フランス、オランダ

にバドミントン協会ができ、
1934年には世界バドミントン連盟が発足しました。

バドミントンはいつ日本に来たのか?

 

日本にバドミントンが伝わったのは、
1921年、横浜YMCAの名誉主事であるアメリカ人スネードという人から、
同じく横浜YMCAの体育主事である広田兼敏氏へと、
バドミントンの用具一式が贈られたのが始まりとされています。

 

広田氏はその道具をもとに、
日本に住む欧米人とバドミントンのルールなどについて学び、
1933年に横浜YMCAの体育活動に取り入れ、
1937年にはバドミントンクラブを発足させました。

 

第二次大戦のため、普及活動は一旦停滞しましたが、
終戦直後の1946年から各地のクラブチームはバドミントンを再開させ、
同年の11月2日に日本バドミントン協会が発足しました。

 

1948年には第1回日本総合バドミントン選手権大会が行われ、
日本体育大会に参加、さらには国民体育大会の種目にも選ばれました。

 

その翌年である1950年には、
第1回全日本学生バドミントン選手権が開催され、
1951年には第1回全国高等体育大会バドミントン競技大会が行われました。

 

そして1952年、国際バドミントン連盟に日本が加盟しました。
その後、1954年には、
第3回トマス杯大会アジア地区予選に男子チームが初めて世界大会へ出場し、
女子は湯木博恵さんなどを中心にユーバー杯という世界大会で、
幾度となく優勝を収めました。

 

私の記憶だと女子が強かったイメージです。
オリンピックができてからバドミントンで、
活躍する選手がいなくなった気がします。

近現代のバドミントンの歩み

 

1992年のバルセロナオリンピックより、
夏季オリンピックの正式競技種目として毎回採用され、
近年開催されたロンドン、リオ、
そして2020年に控える東京で、
バドミントンの採用が決まっています。

 

国際バドミントン連盟(IBF)は、
オリンピック種目として採用され続けられるよう、
何度かルール改正を行いました。

 

例えば2000年には、
7点5ゲームサイドアウト制を取り入れたものの、
2002年には見直され、元の15点、
女子シングルスで11点3ゲームサイドアウト制に戻されました。

 

2003年のIBF臨時総会では、9点5ゲーム性、
女子種目と混合ダブルスでは11点3ゲーム制に決めたものの、
再び前ルールに戻りました。

 

さらに2005年には視聴者がテレビに釘付けで見られるよう、
選手がラリーごとに集中するようにラリーポイント制が採用されました。

 

翌2006年のユーバー杯開催中のIBF総会にて、
21点ラリーポイント制の得点システムが満場一致で支持され、
08年の北京五輪を含めたIBF主催大会、
ランキング大会で採用されるようになりました。

 

業界では、オリンピック種目から無くなるとか、
オリンピックが来るたびに無くなるとか噂を耳にしますが、
ずっとやっていて無くならないで欲しいですね。

バドミントンの歴史を振り返って

 

どうだったでしょうか?
だからなんだ?と言われたら仕方ありませんが、
バドミントンを続けていると一度は気になる話でした。

 

オグシオからバドミントン人気に火が付き、
リオオリンピックの活躍でさらに人気が出たことでしょう。

 

マイナースポーツと言われ続けていましたが、
シニアプレーヤーとして今後の日本選手の活躍に期待しています。

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